第三章<再会は突然に…>
三月
まだちこりは帰って来ていなかった。
いままでちこりが面倒を見ていてくれた部分は椎子が全てやってくれているため一樹は以前の暮らしと全く違わない生活を送っていた。
ちこりと椎子が入れ替わった以外は何も変わらない…。
しかし、気持ちの上では以前よりも楽だった。
花梨と話したおかげで一樹の気持ちも一新され今は帰ってくるのが待ち遠しいと言う気持ちだけだった。
思えば何故この様な事で迷っていたんだろうと自分でも馬鹿らしいと遅ればせながら気付いたのでもあった。
「いってきまーす!」
「おぼっちゃま。終業式だからと言って遊びすぎてはいけませんよ」
「わかってるって!」
「いってらっしゃいませ、おぼっちゃま」
校長の長くも辛い(眠い)お話が終わる。
高校二年生と言う一年が終わったのである。
終業式が終わると後は美智子先生のお話と懐かしく言えば通信簿だけである。
生徒がそれぞれの教室に戻っていく。
一樹もそれに紛れていた。
「いいですか〜?春休みとは言え遊んでばかりいてはいけませんよ〜。ベンジャミンはこう言ってます。”勤勉は〜、幸福の母である。そして〜、神は勤勉にすべてのものを与える。”この言葉の意味は〜」
「先生、最後の日くらい勉強させないでくださーい」
一樹が美智子の言葉を遮って喋った。
教室に失笑が溢れる。
「ん〜。そうですねぇ、じゃあさっそく成績表を配りますよ〜。安芸津君〜」
呼ばれて一樹は美智子のもとに歩いていった。
「あなたは結局良くも無く悪くも無い成績を取りましたねぇ。でも〜、結婚したからといってこれではいけませんよ。三年になったら頑張ってください」
美智子は一樹にだけ聞こえるようにそっと言った。
その意味を把握してかしないでか一樹はウインクして親指をグッと立てた。
生徒が次々と呼ばれ全員の成績表が配られた。
思ったより成績が良かったのを喜ぶ者、項垂れる者、見せっこして比べあう者、etc…
最後の挨拶も終わり一樹が帰ろうとすると佐々木京子が声を掛けてきた。
「なぁ、安芸津。私達、と言ってもお供は篠沢と乱葉とデリ子だがささやかながらお疲れ会をやろうと思うのだがどうだ?」
「ん〜。そうだな。それもいいかも…」
なぁと言う途中何となくだが人の気配を感じた。
例えようの無い感じ。
それは誰かが一樹の心に直接語り掛けている様な感じだった。
「どうした?安芸津」
京子が不思議そうに眼鏡の縁を上げた。
「いや…なんでもないんだ。そのお疲れ会はいいや…わりぃ。またなんかあったら誘ってくれ」
「そうか、金づるが減ってしまったな」
「…今、何かヘンな事言ったか?」
「気にしないでくれ。では、またな」
そう言って京子はスタスタと歩いて行った。
一樹は先ほどの言いも知れない感じの行方を追っていた。
西郷さんの前に辿り着く。
意味は無い。
たださっきの感じでなんとなくなのである。
「ん〜〜〜?やっぱり気のせいだったのか…」
そう思って西郷さんに寄りかかった時。
「遅ェジャネエカッ!寒クテ死ンジマウジャネーカヨッ!」
突然、妙に高い声が聞こえた。
この生意気な口調の知り合い(?)は一人(?)しかいない。
「駄目よ……カッくん」
西郷さんから出てきたのは宙ともう一人だった。
「天国さん…」
「電波……届いた?」
「え?」
「私の電波……」
「どうだろう…何となく来たんだけど…」
「……………………そう」
それだけ言うと宙は一樹から目を離した。
「君が呼んだっていうの?」
一樹が尋ねると宙は小さく頷いた。
「俺に…何か用事があるの?」
「……」
宙は何も答えない。
ただ小さく震えていた。
「寒い…よね。その格好じゃ…」
3月になったとは言えまだ寒さは残っていた。
他の生徒は春物のコートを羽織ったりしているが宙は制服だけだった。
そして震えからして結構な時間待っていたんだと一樹にもわかった。
「これ、着てていいよ」
そう言って一樹は自分のコートを宙の肩にかけた。
今まで一樹が着ていたため、その暖かさはすぐに宙にも伝わった。
「フカフカ……。…………暖かい。」
宙は顔を赤く染めながら独り言の様に呟いた。
「どこかお店に入ろうか?」
一樹の誘いに宙はフルフルと首を振った。
「そっか。じゃあ、何か飲む?奢るけど」
「……」
一樹の言葉に宙は何も答えなかった。
戸惑っているだけなのか、要らないのか一樹にはわからなかった。
しかし、宙に抱かれている人形が答えを教えてくれた。
「モラットケヨ、宙。クレルッテ言ッテルンダシヨ」
「……………………うん」
「どれがいい?俺はコーヒーにするけど。」
「…コーヒーは駄目。…苦いから」
「でも暖かいのって言ったらこの自動販売機を見る限りコーヒーとお汁粉しかないけど」
「……お汁粉……でいい」
お汁粉のボタンを押して缶を宙に渡した。
初めて暖かい缶を持ったのか宙は長い事持っていられず両手であちあちやっていた。
それでも少しコツを掴んだのか袖を利用して熱さを伝えないように持つようになった。
いざプルタブを引こうとした宙だったがプルプル震えるだけでプルタブは一向に起き上がらなかった。
「貸してご覧」
一樹の言葉に宙が缶を渡すと彼は器用に片手だけで缶を開けて渡してくれた。
その姿に少し驚きながらも渡された缶に口をつける。
「……………………あまい」
それだけ言うと宙は結構気に入ったのかちびちびと小さな口を缶に運んでいた。
ジュースを飲みながら一樹は宙に色々聞こうとしたが答えてくれるのはいつも人形だった。
以前聞いた猫との格闘の続きや、宙の事を聞かされながらも一樹は呼ばれた理由を聞きたくて仕方が無かった。
お互いジュースも飲み終わって小一時間程経った時、辺りはもう暗くなり始めていた。
「ねぇ、もう暗くなっちゃうんだけど、そろそろ理由を聞かせてくれないかな?」
「…………貴方に、何か起こる。…お告げが来たの。遠い遠い空の向こうから…。」
それは人形の声ではなく紛れも無い宙の声だった。
「何かって、何?」
「それは……わからない。待っていれば、きっと起こるわ…」
何処からその自信が来るのか一樹には理解できなかったが、気になっているのも事実だった。
そしてそれから数時間程経った時。
宙と一緒に西郷さんによっかかりながら一樹は辺りを見渡していた。
ふと視線が止まった。
見覚えのある人物が目に入った。
それは一樹の通う聖エオリア学園のとは違う緑と白の制服。
そして、可愛くピョンと両方に跳ねた髪の毛。
そしてその人物は他の男と一緒に歩いていた。
「チーコ…う…そだろ?チー…」
駆け出そうとした時、宙に袖を引っ張られた。
「行っちゃ…駄目」
「なんでだよ!」
「駄目…今行っても貴方の為にならないわ」
「そんな事言ったって…」
「駄目…今行ったら…殺人電波を…送るわ」
正直、一樹は動けなかった。
勿論、殺人電波とやらが怖いと言うわけではない。
何処から来るのか解らない宙の自信だった。
見ればちこりは仲良さ気に男と談笑しながら自宅である三間坂邸に向かっている。
その姿を見て一樹はちこりが出て行ったときの後姿を思い出した。
宙に掴まれちこりの姿が見えなくなるまで一樹は見ている事しか出来なかった。
ちこりが見えなくなると掴まれている袖がフッと緩んだ。
一樹が振り返ると西郷さんの像の上に一樹のコートが乗っていた。
宙の姿はもう無かった。
「ただいま…」
あの後、すぐに動く事の出来なかった一樹だが事実を真に受け止め葛藤しながらも家に帰ってきた。
「お帰りなさいませ、おぼっちゃま」
椎子が出迎えてくれた。
夕飯の仕度は出来ているようだった。
「どうかなさいました?」
「え?…いや。うん、何でも無いよ。ちょっと遊び疲れただけ…」
「それならよろしいんですけど…。あ、さっきおぼっちゃま宛に電話ございましたよ」
「ふーん、誰から?」
学生服を脱ぎながら一樹は応えた。
「向坂つぼみさんからでした。いらっしゃらないとお答えしましたら”それならいいです”って切れてしまいました」
「へぇ、そう」
正直、一樹はそんな事はどうでもよかった。
電話があるとかないとかそんな事よりちこりの方がよっぽど重要だった。
「あ、最後に”奥さんを大事にしなさいよ”と伝えるように言われましたよ。みなさん、お優しいんですね」
椎子は夕食温め直しながら話を続けていた。
「向坂かぁ、懐かしいな。電話ねぇ……。…………………電話!?」
思い出せば会えないと言っただけでちこりは電話もしないとは言っていない。
電話ならしてもいいのではないか?
「何でそんな事に気付かなかったんだろう。馬鹿だな、俺」
誰に言うでもなく一樹は呟いた。
「椎子さんごめん。少しの間だけ玄関の外で待っててくれないかな?」
「え?」
「終わったらすぐ呼ぶからっ!お願いっ!」
そう言って一樹は鼻の先で両手を合わせた。
一樹の態度を見て納得をしたのか椎子は厚手のコートを取り出していた。
「わかりました。それではよろしいときにお呼びください」
そう言うと取り出したコートを羽織って椎子は出て行った。
椎子の物分りの良さに感謝しながら一樹は電話の前に座った。
ダイヤルを回す。
呼び出し音が聞こえる。
トゥルルルルル……トゥルルルルル……。
嬉しさと不安と緊張が混じっているためか少しドキドキしていた。
トゥルルルルル……。
呼び出し音が止む。
「はいもしもし、安芸津…三間坂ですけど」
電話の声はいつも聞いていた声だけどひどく懐かしく思える声で元気良く間違えていた。
久しぶりに聞いたちこりの声に一樹の緊張は大きくなっていた。
「チーコ…俺だけど」
ようやくそれだけ言う事が出来た。
「か…一樹君!?」
ちこりも一樹の声に驚きを隠せないようだった。
「その、元気でやってるの…?」
「う、うん…。一樹君は…?」
「俺も…元気だよ…」
お互い緊張でうまく会話が出来ないでいた。
何かを話そうと努力してもどうしても一言で会話が終わってしまう。
しばらく沈黙が流れた後、一樹は思い切って切り出す事にした。
「あの…今日。終業式だったんだけど、帰りに西郷さんの前で友達と遊んでたんだ…」
宙と一緒だったとは言えある意味待ち伏せとも取れなくない行動なので一樹は嘘を吐いた。
「……っ!?」
電話越しの曇った声で小さな悲鳴が聞こえた。
「その時、チーコを見かけたんだけど…男の人と…一緒だったんだけど」
「なんでも…ないのよ」
ちこりは明らかに動揺していた。
「そっか…。」
一樹は納得がいかなかった。
とは言えなんでもないと言ってるちこりにこれ以上聞く気にはなれなかった。
ちこりはあれでいて結構な頑固なのである。
なんでもないと言い出したら何と言ってもなんでもないと言い通すだろうと一樹は解っていた。
それに一樹自身にも結果はどうあれ聞きたく無かったと言う気もあった。
「ごめ…なさい。一樹…く…。も…きらなくちゃ…」
「…なんで?」
「まだ…なの。まだ…だめなの…」
ちこりは電話の先で泣いていた。
一樹には泣いている理由が解らなかった。
悲しいのか。
それとも本当は自分に会いたいんじゃないだろうかと勝手な想像までしていた。
出来ればそう思えれば一樹自身、楽だった。
「もうちょっと…話せない?」
「うぅっ、だ…めな…の。まだ…ひっく…」
カチャッ……ツーツーツー。
うまく聞き取れなかったがちこりはそれだけ言って電話を切ってしまったようだ。
一樹は余計に膨らんでしまった嫌な予感を抱えていた。
一樹は椎子を部屋に戻して夕食を胃の中に押し込むとそのまま眠ってしまった。
途中、椎子が歯を磨かないとどうだとか言っていたが一樹の耳には届いていなかった。
*****つづく*****
はい第3週目です。
宙とつぼみ出てきましたね、つぼみは名前だけだけど…。
えーと、まぁちこりが浮気してるかもって感じですよ…。
ありがちなパターンですからこの後の展開読まれてしまってもしょうがないんですが…。
それでは次回はいよいよ最終回ですのでよろしくどうぞ。
P・S:起承転結の”転”ってこれでいいんですか?(ん
□■SS寄りへ■□